2003~2020年度の川崎医科大学衛生学の記録 ➡ その後はウェブ版「雲心月性」です。

教育重点及び概要

2003年度 「川崎医科大学 教育と研究」 より

第3学年「衛生学」講義

衛生学は人間をとりまく自然・社会環境因子と健康の関連を探求し、疾病の予防・早期発見および健康維持増進を図ることを目的とする学問である。その中で、共同社会の組織的な努力を通じて、疾病を予防し、寿命を延長し、身体的・精神的健康と能率の増進をはかる科学・技術を、公衆衛生と定義している。本学の教育の中では、「公衆衛生学」教室と「衛生学」教室によるこれら多岐にわたる分野を分担しており、私どもの教室では、主に環境衛生・食品衛生・労働衛生を中心に講義を行っている。

環境衛生の講義には、地球生態系を含めた人間を取り巻く環境の問題・物理的環境因子としての気温、湿度、騒音などの問題・化学的環境因子の問題として喫煙等も含む種々の化学物質の問題・生物学的要因としての種々の感染症など・公害(大気汚染や水質汚濁の問題を含む)関係・衣食住に関わる問題として食中毒や国民栄養を初めとする問題などを中心に講義を構成するとともに、化学物質による影響については、発癌・内分泌攪乱など、その影響から論じることも踏まえて、総括的な理解に繋がるように心がけるとともに、日々のマスメディアによる報道(新聞・雑誌・テレビ等)を随所に取り入れ、やや漠然とした感のある衛生学を身近に感じてくれるようにすることにも腐心している。

労働衛生の講義では、昨今の労働衛生の潮流から考えると、所謂、職業関連疾患としては、ほとんどすべての生活習慣病(癌・脳血管障害・心疾患・高血圧・糖尿病等)が含まれ、かつ、その予防と管理が、労働衛生現場においても重要な因子となっている現状ではあるが、「公衆衛生学」講義との重複を避け、有効な講義時間の利用を促すために、これらのテーマは、「公衆衛生学」に譲っている。本教室では、古典的な産業保健の歴史や法体系の問題から入り、労働災害・産業疲労などの総論とともに、各論として、物理的要因による職業病(温度・気圧・騒音・振動・紫外線等)・化学的要因によるもの(金属・粉塵・有機溶剤・有毒ガス・農薬等)を系統的に講義することに加えて、アレルギー性の職業病・職業癌といった多臓器に渡る障害等にも焦点を当て、包括的な理解は進むように努力している。

加えて、このような領域においても昨今の科学技術の進歩への対応が求められている。2001年に発足した分子予防環境医学研究会の骨子から抜粋すると、「近年の生命科学の革命的発達、情報科学の進展、社会医学研究・社会的ニーズの多様化にともない、衛生学・公衆衛生学は変革の時代に直面している。免疫・血清学的診断/スクリーニング法からDNAマイクロアレイ/チップ法による広範な遺伝子の発現解析やSNP検索など分子生物学的診断・方法の大幅な導入、1796年のジェンナーによる種痘の成功以来、予防医学の原点であるワクチンに樹状細胞の利用やDNAワクチンの登場、様々な遺伝子病、癌、生活習慣病、難病への遺伝子治療・再生医学などの応用の可能性など全く新しい医学が急速に進展する一方、新たな倫理問題を生み出している。環境問題は現在の私たちの健康を脅かすばかりでなく、子孫への影響も論じられ地球規模の問題としてクローズアップされている。まさしく、環境医学、感染症、生活習慣病などを柱とした分子レベルでの新しい分子予防医学の時代が到来していると言える。分子予防医学は、内的・外的ストレスに対する生体防御反応・生体侵襲機構解析による疾病の発症機序の解析、それに基づく疾患の初期段階の定義づけと診断法の提供を通して、疾患の新しい分子標的を明らかにし、予防医学に新しいスクリーニング方法の提供、社会・環境・個々人からの危険因子の除去、Chemoprevention、ワクチンの開発などを可能にする。また遺伝子診断における倫理問題や環境問題にこれらの研究は十分な科学的根拠を持つ提言を可能にする。」とのことである。このような学術領域の進歩に対応できるように、講義においても、分子生物学や生命科学の進歩を基盤として、上記の各項目においても、その内容を再構築することを行い、学生諸氏もまた、最新の科学技術の進歩の中での、予防医学を履修してくれることを望んでいる。

○ 自己評価と反省

授業各コマでの準備や講義については、かなり熱心に精力的に行っていると考えてはいるが、分子予防医学という概念に照合すると、まだまだ不十分と思われる。臨床各科での個々の疾患の理解と治療法に導入されてきている分子生物学の応用を考慮すると、予防医学の分野でも、このような情報にのっとって、新しい切り口の講義が必要と考えられる。

加えて、講義内容の中で、コアの部分とアドヴァンスの部分をいかに効率よく学生に教授するかという点は、非常に問題の大きいところであると考える。それは大講義制の限界とチュートリアル制の導入といった面、優秀な学生と残念ながら力量が不足がちの学生が、個々のレベルを上昇させ得るような講義体系への変換といった問題は、単一教室でなく総合的な教育体系の改革の必要性もあろうかとは思われる。その中で、少なくとも我々の講義形態の中で、可能なことを行うという姿勢をより強力に提示することも必要であろう。試みとしては、授業の補足プリントをコアとサプリメントに分け、余力のある学生はサプリメントの内容まで把握してくれるような配慮を行ってみた。暫時、このような試みを改善していきたいと考えている。